大判例

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東京高等裁判所 昭和33年(う)939号 判決 1959年4月08日

被告人 坂本義雄

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金五千円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二百円を一日に換算した期間労役場に留置する。

但し本裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

本件公訴事実は、「被告人は自動車運転者なるところ、昭和三十一年十月八日午前一時三十分頃普通自動車山梨一あ―八一〇九号を操縦運転して北都留郡上野原町上野原五百七十一番地里吉マス方前巾員八メートルの国道二十号線において、道路の左側に貨物自動車が停車しており、その右側を通り抜けるに当り、停車している地点道路右端に桑原文昭(二十七年)が酒に酔つてうずくまつているのを前方約十一メートルのところで認めたが、かかる場合においては、通り抜けに際しては自動車の右側方に絶えず注意し、桑原文昭に右側車輪の接触することなきやにつき注意する業務上の義務があるにも拘らず、不注意にも漫然進行を継続したため、自動車の右側後輪を同人の右肩胛骨に衝突転倒せしめ、因つて同人に対し右肩胛骨頸部粉砕骨折、右鳥啄突起骨折、ショック右鎖骨々折、胸鎖関節前方脱臼、右第一、二、三肋骨々折により、約四月の治療を要すると認める傷害を与えたものである」というにあるところ、原判決は、「要するに本件事故は、被害者の一方的過失によつて発生したのではないかと推測され、被告人が自動車運転者として業務上の注意を怠つたかどうかという点については必ずしも明らかでない。」との理由によつて、被告人に無罪の言渡をしたことは、検察官所論のとおりである。

よつて按ずるに、

一、現場の状況について。

上野原警察署司法警察官相原青作作成の実況見分調書、原審検証調書(昭和三十二年九月九日付現場検証のもの)及び当審における検証の結果によれば、本件事故発生の現場は、山梨県北都留郡上野原町上野原五百七十一番地里吉マス方前国道一級二十号線道路上であり、この道路は東進して相模湖町を経て東京方向に向い、西進すれば大月を経て甲府に至る。右道路は、里吉マス方前において巾員約七メートル九〇あり、コンクリートにて舗装され、人道車道の区別はないが、道路面は平坦、直線にして見通しは極めて良好である。道路の南北両側には巾約八〇センチの下水溝(側溝)があるが、その上にはコンクリート造りの造付け同様の蓋がしてあるので、一般車馬の通行が出来、道路の一部をなしている。その側溝の南端には、コンクリート造りの境石を並べ溝蓋より一段高く(約七、八センチ)なつており、里吉マス方及びその東隣の家屋は、他の家並より後退して建てられているので、右境石との間に約一メートルの間隔があつて、その部分はコンクリート敷で、少くとも人は通行し得る状況にある。しかして里吉マス方前の側溝と道路側とに半分づつかけて、直経約三〇センチの電柱(東一七、昭二五・七)一本が立つており、その電柱の南側から側溝の南端までは約六〇センチある。右道路の両側には商店その他の人家が櫛比し、歩行者多く、自動車、自転車その他の車輛の往来が頻繁である。又道路の両側には約二〇メートルの間隔で二灯付の街灯が設置されていることが認められる。

二、被害者の行動及び状態について。

桑原文昭及び中島洪の各司法警察員及び各検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書、原審第四回公判調書中右両名の証人としての各供述記載、当審における右両名の証人としての各供述、前記原審及び当審検証調書、相原青作作成の報告書(昭和三十二年十一月二十七日付)並びに自動車検査証二通によれば、被害者たる桑原文昭は事故当夜即ち昭和三十一年十月七日夜所々方々で焼酎を飲み歩き、したたか酩酊の上前記里吉マス方より約二五メートル東方の飲食店まつ葉の主人中島洪に送られて、八日午前一時過ぎ前記現場に至つたこと、桑原が後記の如くしやがみ込むや中島は桑原をそのままにしてその場を立ち去つたこと、その時里吉方前道路上には、甲府方面から東京方面に向う神田運送株式会社(神田便)のトラツク二台(いずれも、いすず号にして五六年式と五七年式、最大積載量五屯、車体の長さ約七メートル八〇、巾約二メートル三〇、高さ約三メートル四五)が並列して停車しており、そのトラツクと前記側溝の北端までは約二メートルの間隔があつたが、桑原はその間に入り来り、トラツクから約六〇センチの接近した地点(側溝の北端から約一メートル四〇、前記電柱から約二メートル四〇)において、里吉方に向いトラツクを背にしてしやがみ込んだことが認められる。

三、当日における被告人の行動について。

前記中島洪の司法警察員及び検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書、清水孝治の司法警察員に対する供述調書及び原審第四回公判調書中同人の証人としての供述記載、被告人の司法警察員及び検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書並びに原審第三回公判調書中被告人の供述記載、前記原審及び当審検証調書によれば、被告人は、峡東貨物自動車株式会社に雇われ、貨物自動車運転の業に従事していたものであるところ、前記十月八日午前一時過ぎ交替運転者清水孝治を助手台にのせ、清酒、ブドー酒等を積載した貨物自動車(トヨタ号、五六年式最大積載量五屯、車体の長さ約七メートル二〇、巾約二メートル三六、高さ約二メートル二〇、後部車輪はタイヤが二ヶづつ並んでおり、いわゆるダブルタイヤであつて、前輪より約二五センチ外側に出ている。)を運転して東京方面に向う途中前記里吉マス方前附近にさしかかつたこと、折柄前記の如く右道路上には神田便トラツク二台が並列停車して、被告人の進路を塞いでいたので、被告人はその約六、七メートル手前の地点において一旦車を止め、右トラツクをして進路を開かすべく数回警笛を鳴らしたところ、前記トラツクのうち右側(南側)の一台が移動したこと、その際右トラツクの移動によつて、そのトラツクの停車していた位置の右側に、そのトラツクに近接して、飲酒酩酊した人が道路に背を向けてしやがんでいるのを明認したこと、その時被告人は、右移動したトラツクとその人との間隔を目測し、神田便トラツクが通つたのであるし、自分の運転するトラツクを通しても、その人との間には約一メートル位の間隔はあつて、十分通れるものと思い、被告人は警笛を一回鳴らすと共に運転を開始し、ほぼ人の歩く程度の速さで徐々に進行したこと、そして被告人のトラツクの前輪がその人の傍を通るとき、被告人は運転台の窓から顔をのぞかせて、その人との間隔を目測したが、前輪が無事通過したので、その後は何らの意を用うることなくそのまま進行を続けたところ、トラツクの最後部附近がその人の傍を通過すると思われたとき、悲鳴を聞いたので直ちに車をとめたことが認められる。

四、被害者の傷害及び被告人の責任について、

前段三に掲げた各証拠及び桑原文昭の司法警察員及び検察官事務取扱検察事務官に対する各供述調書、三浦文男作成の診断書、上申書、当審における同人の証人としての供述、鑑定人三木威勇治作成の鑑定書、押収にかかるジヤンバー等を総合すると、被害者たる桑原のしやがんでいた傍を、被告人の運転するトラツクの前輪が通過した後、未だその車体の全部が通過し終らない間に、桑原はそのしやがんだ体勢より立ち上つたため、同人は、被告人のトラツクの右側に衝突し、コンクリート舗装の道路に転倒したこと、その際同人は起訴状記載の如き傷害を受けたことが認められる。しかしトラツクのいかなる部分に、いかなる状態において衝突したか、又いかなる状況の下に転倒したか、将又その傷害が衝突のみによつて生じたのか、或は道路上に転倒したことによつてのみ生じたのかは証拠上定かでないが、桑原文昭が被告人の運転するトラツクに衝突して転倒したこと、これが原因となつてその際傷害を受けたことは、いずれも前記認定のとおり証拠上明らかであるから、被告人の運転行為と桑原の受けた傷害との間には因果関係があるものといわなければならない。

次に被告人の過失の有無につき按ずるに、被告人は、神田便トラツクの後方にて一旦停車していること、酩酊した人が道路に背をむけてしやがんでいるのを認めたので、車を進めるためにその間隔を目測しており、かつ人の歩く位の速さで徐行したこと、両輪がその人の傍を通過するとき運転台の窓から顔をのぞかせてその間隔を目測したことは前段認定のとおりであるから、被告人はそのトラツク運転につき一応の注意を払つたものということができる。

しかしながら、貨物自動車殊に車体が大きく、積載量の高い大型貨物自動車を運転する者は、小型車輛を運転する者に比し、より以上に道路の広狭、道路上の現状等に特段の注意をなすべきであつて、苟くもその運転によつて他に不測の損害を及ぼすが如きことのないよう、交通の安全を図るため常に特別に慎重なる注意をしなければならないことは言を俟たないところ、被告人の運転したトラツクは、前記の如く車体が巨大にして積載量が五屯という大型貨物自動車で、しかもその後輪はいわゆるダブルタイヤであるから、障害物のない広い道路ならば格別、前記の如く停車中のトラツクと酩酊して道路に背を向けてしやがんでいる人との間のように間隔の十分にない狭い場所を通り抜ける本件の如き場合には、単に徐行し前輪の通過のみに注意するだけでなく、車の側面、後方をも注意して(窓から顔を出すか、後写鏡を見るかその方法のいかんを問わない。)車体に接触するものなきや否や、或は後輪も通過するや否やにつき深甚の注意をなし、その危険あるときは直ちに停車の措置をとり得るよう危険の発生を未然に防止する手段を講じなければならない業務上の注意義務があることは多言を要しない。しかのみならず、飲酒酩酊した者は、不用意の間に予測し難い異常な行動をなす虞のあるものであるから、被告人が、その者が酩酊していることを認めた以上、そのしやがんでいる者に対し特に警笛を鳴らして注意を喚起し避譲せしめるか、或は場合により被告人自ら又は同乗の清水孝治をして下車の上道路傍など安全な場所に退避せしめる等の手段を講じ、何らの危険なきことを十分確認した後進行することこそ、大型貨物自動車を運転する被告人の本件の如き場合において特にとるべき注意義務であるというべきである。しかるに被告人は、原審公判廷において認めているように、被害者が動くかもしれないという認識を有しながら、これを退避せしめる等危険防止に適切な処置をとることなく、漫然その傍を通過し得るものと軽信し、かつ速力は極度に減じたとはいえ、前輪のみに注意し、前輪が通れば後輪も通ると思い、その後は何ら特別の注意をなさず進行したことの証拠上明らかな本件においては、被告人は大型貨物自動車の運転者としてとるべき業務上の十分な注意義務を尽さなかつたものといわざるを得ない。尤も被害者にも尠からざる過失のあつたことは、後記情状の項において説明するとおりであるが、被害者に重大なる過失があつたからとて直ちに被告人の責任を阻却するということはできない。しからば被告人に自動車運転者としての業務上の注意義務の怠懈が明白でないとの理由にて無罪の言渡をした原判決は、結局事実の認定を誤つたものというべく、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、結局事実誤認を主張する検察官の控訴はその理由があることに帰する。

(その余の判決理由は省略する。)

(裁判官 三宅富士郎 下関忠義 河原徳治)

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